東京高等裁判所 昭和41年(う)2690号 判決
被告人 斎藤てつ
〔抄 録〕
論旨は、
(イ) 原判決が第三の証拠として掲げる被告人の検察官事務取扱に対する昭和三九年九月五日付供述調書は全く信用性のない情況の下になされた供述を内容とするものであつて、証明力がないのみならず証拠能力さえも疑わしく、又前同様の証拠として掲げる渡辺ミチの検察官事務取扱に対する供述調書及び検察事務官作成の「所在捜査について」と題する書面については、突如として提出されたのに、その証明力を争うために必要とされる適当な機会を与えられず、従つて刑事訴訟法第三〇八条、刑事訴訟規則第二〇四条に違反するものであり、殊に右「所在捜査について」と題する書面は単なる町名地番の改訂を証明するに止まり原判示「吉野ふじ」が架空の人物であることの証明にはならないのに、原判決がこれらの証拠により第三の事実を有罪と認定したのは、理由不備又は判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続上の法令違反がある、
(ロ) 仮りに右有罪の認定を免れないとしても、原判決は第三の事実が単独正犯であるか又は教唆犯であるか或いはいわゆる間接正犯であるかを判断したうえ罰条を適用すべきであるのに、これに対し何らの判断もせず漫然刑法第一六二条第一項を適用しているのは、判決に理由を付しないか或いは判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続上の法令違反がある、
というのである。
そこで、先ず右(イ)の点について案ずるのに、右被告人の検察官事務取扱に対する供述調書中被告人が原判示小切手の金額等を自ら記入した旨の供述部分が所論のとおり信用できないものであることは、これと相反する渡辺ミチの検察官事務取扱に対する供述調書等により明らかになつたところであるが、原判決が被告人の右供近調書を証拠として掲げているのは、該調書中被告人が自ら小切手の金額等を記入した旨の右供述部分を除くその余の部分(即ち被告人が原判示鶴岡光雄方に行き同人の妻和子から小切手用紙を貰つて来る迄のてんまつ、及び原判示のように有り合わせの「吉野」の印章を押して小切手一通を偽造したうえこれを原判示高橋岩雄に交付して行使したことに関する供述部分)を、事実認定の資に供する趣旨であることが、前記渡辺ミチの供述調書をも証拠として並記していることに徴し自ら明らかであるから、この点において所論の様な理由不備乃至訴訟手続上の法令違反は存しない。又、原審第九回公判において提出された所論渡辺ミチの供述調書及び「所在捜査について」と題する書面の証拠調に関しても、同公判調書中に被告人側の同意を得て取調が済んだことのほか特段の記載がなされていないことに徴すれば、通常の経過に従い刑事訴訟法第三〇八条、刑事訴訟規則第二〇四条の手続も履践されたものと推認するのが相当であるのみならず、仮りに右手続が履践されなかつたとすれば、寧ろ被告人又は弁護人において異議を申し立ててこれが是正を求めさらに進んで反証の取調等を請求すべきであるのに、何ら左様な異議申立等がなされた形跡はなく、却つて、右各書証の取調に引き続き、被告人は右渡辺ミチの供述調書と大綱において一致する供述をし、さらに、検察官のいわゆる論告に続いて、弁護人も弁論に入つていることが、右公判調書上明らかであるから、いわゆる責問権の放棄により右瑕疵はすでに治癒されたものと目すべく、もはや当審において右瑕疵を取り上げこれを攻撃することは許されないものというべきである。なお、右「所在捜査について」と題する書面も、町名地番変更の系統を明らかにすることにより、被告人の挙げる「吉野ふじ」なる者の住居地が本件当時から存在せず延いて「吉野ふじ」が架空の人物であることを証明する一資料となり得るものであつて、所論のようにかかる証明力を有しないものと断ずることはできない。従つて、右(イ)の論旨はすべてその理由がない。
次に右(ロ)の点について案ずるのに、原判決は「……、同日頃同須賀四一八番地の渡辺ミチ方で、行使の目的で、情を知らない同人をして……の旨を記入させ、」と記載し、右所為がいわゆる間接正犯であることを明確に判断したうえ、刑法第一六二条第一項を適用しているのであるから、この点においても所論の様な理由不備乃至訴訟手続上の法令違反は存しない。従つて、右(ロ)の論旨も亦理由がない。
(新関 吉田信 大平)